「オトナ」のせいにする大人たち

曾經,你是我的唯一

曾經,你是我的唯一 / Pearl Hsieh

※2011/8/20 タイトルを変更しました。


子供の頃、僕たちは「オトナ」を敵視していた。
社会という得体の知れない巨大な存在、それを作り出したオトナたち。自分が望んだわけでは無いのに、既にそこに在り、そこで生きる事を強要される不条理。その社会に対する不安や不信感を、オトナと同一視して反発した。


そんな僕たちも大人になった。あの頃と比べたら、社会というものを多少は受け容れられているのだろう。しかしながら「オトナ」というシンボルは、未だ僕たちの中に根強く残っているのではないだろうか?「偉い人達」という言葉に名を変えて。


結局のところ、世の中は自分の預かり知らぬ所で、見知らぬ誰かが勝手に動かしているのだと、僕たちはあの頃と同じように他人事を決め込んでいやしないか。今この世界が閉塞感に満ち、足の引っ張り合いに終始する現状も、そこに問題の根っこがあるんじゃないか。最近そんなことばかり考えている。


福島の子供が疎開求め政府と交渉―マイク押し付け合い回答避ける官僚たちのお粗末 - 田中龍作ジャーナル - BLOGOS(ブロゴス)

「大人が勝手に作った原発でなぜ福島の子供たちが被曝しなければならないのですか? 」


中2の少女が発したこの言葉は、子供たちから僕たち「オトナ」全員に向けられた言葉だと思う。答えに窮し、醜態を晒す役人の姿は、僕たち自身の姿だ。そう捉えなければ本当にまずい。大人が受け身で居たら、誰が子供を守るんだ。