生活保護と不正受給についての基本的な事実


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生活保護という制度は、僕たち日本に住む者にとって非常に重要な制度です。同時にいくつかの問題を抱えたものでもあります。世間の関心が高まったことを良い機会と捉え、制度をめぐるごく基本的な情報をまとめてみました。次長課長・河本さんの死を無駄にしないためにもね!(注:死んでない)


なお大前提として、不正受給はよくないです。ダメ、ぜったい!!
その上で「生活保護制度のあり方」を冷静に考えるためにも・・・。と一歩引いた視点を提供するのが、本エントリーの目的です。(河本さんに関する個別の問題について見解を述べるものではありません)

生活保護制度で明らかにされている数字

  1. 生活保護費のうち、不正受給の割合は0.4%
  2. 生活保護受給者のうち、75%が働けない世帯
  3. 生活保護の捕捉率は20%程度とされ、他の先進諸国と比べて低水準


ひとつずつ見ていきましょう。

1.生活保護費のうち、不正受給の割合は0.4%


朝日新聞デジタル:生活保護不正受給、過去最悪の129億円 10年度 - 社会

生活保護費の不正受給が2010年度に約2万5千件(前年度比29%増)、総額は約129億円(同26%増)にのぼったことが、厚生労働省のまとめで分かった。件数、総額ともに過去最悪だった。厚労省が1日、全国の担当課長会議で集計結果を示した。

 10年度の生活保護費は総額3兆3300億円で、不正受給分はこの約0.4%にあたる。不正の中で、生活保護を受けられる基準から外れたとして、保護の中止や減額につながったのは約7千件だった。

 不正受給の内訳では、働いて得た収入があるのに申告しなかったケースが最も多く43.5%。次いで年金の無申告が27.7%だった。このほか、借金先の消費者金融から過払い金を取り戻せたのに申告していなかった例もあった。


「過去最悪」「129億円」と聞けば、確かについカッとなってしまうわけですが、ここでミルクティーでも飲みながら冷静に見てみることにしましょう。すると、ハッ・・・!「不正受給分129億円は、生活保護費は総額3兆3300億円の約0.4%に相当する」のだということに気づきます!一般的な感覚でいって、相当低い割合ですよね。
不正受給はたしかに許せない行為ですが、ここからゼロに向けてもう一段減らす努力のためにはかなりのパワーが要りそうな感じです。この数字を巡っては、「本当はもっといるはずなのに、すべてが把握できていないからこんなに低いんだ!」という声もあります。でも、とにかく現状で国が認識している不正受給者の割合はこの程度の数字だということです。

2.生活保護受給者のうち、75%が働けない世帯


福祉行政報告例(平成23年11月分概数)|厚生労働省


このへんの資料を見ると、生活保護受給者の分布が見えてきます。今回はそれをまとめてくれた記事を紹介します。


基本的人権にありがちな誤解+生活保護受給外国人世帯数+働けない人の割合 | LUNATIC PROPHET

昨年(平成23年)11月に保護を受けた類型別世帯数は、 高齢者世帯=637,584、母子世帯=114,909、障害者世帯=170,948、傷病者世帯=321,905、その他の世帯=256,218となっている。このうち、高齢者・障害者・傷病者は「働けない」と推定されるので、割合を算出すると(637584+170948+321905)/1507940×100=約75.0%4分の3が働けない世帯と推定される。少なくとも「在日と介護とかその他もろもろの理由なしに働こうともしない奴が9割くらい」ということはありえない。


生活保護を受けている人のうち、4分の3が働けない世帯。つまり給付をカットされると即生命の危機に繋がる人たちです。メディアがお好きな「素行不良の不正受給者」報道は、こうした事実を(意図的/非意図的に関わらず)隠蔽することになり、大きな問題です。


生活保護受給者のモラルハザードを責めても問題は改善しない。 - what_a_dudeの日記

税金の無駄遣いとか、公務員無能とかと全く一緒で、一部のモラルハザードを起こしている人々を喧伝して、それを解決すれば財政が改善するかのような錯覚を喚起する言説は私は大嫌いなのですよ。

最新の統計でも2009年(リーマン後)なんですが、それで見ると確かに、働ける年代の生活保護受給は増えていますが、依然割合は13.5%程度に過ぎません。


不正受給は許されない行為です。ただ客観的に見て、不正受給を今以上に厳しく取り締まっても、財政的な改善はさほど見込めない。それもまた事実なのです。


不正受給の厳罰化を求める人たちがよく使うフレーズで「本当に必要な人に」というのがありますよね。僕も完全に同意します。でもね。「本当に必要な人」を正しく見分けるのって、きっとめちゃくちゃ大変ですよ。そのためのコストだって当然かかりますしね。個人的には、現状の「不正受給 0.4%」という数字自体、相当に健闘しているようにさえ思えます。


そしてこのことに関連して、もっと大きな問題があります。

3.生活保護の捕捉率は20%程度とされ、他の先進諸国と比べて低水準


(関連)貧困率活用になお課題  平成21年11月19日 朝日新聞

日本政府は現在、捕捉率を調べていない。複数の研究者が独自に試算した結果はいずれも10〜20%程度。これに対し、日本弁護士連合会が各国の似た制度を調べたとこめ、英国が87%、ドイツが85〜90%などと高かった。吉永・花園大教授は「生活保護の捕捉率を調査、公表することは生活保護の要件緩和や運用の改善につながる」と指摘する。


「本当に必要でない人」にお金が渡ってしまう一方で、(本来僕たちが望んでいるはずの、)「本当に必要な人」にお金が届いていないという問題があります。捕捉率が2割だとすると、残り8割の本来制度によって救われるべき人が見落とされてしまっている。むしろこちらの方がずっと重大な問題のように思うわけです。


低捕捉率の要因のひとつには、生活保護の申請を窓口で拒否する「水際作戦」の問題が指摘されています。「本当に必要な人」だったとしても、窓口で「適格者」と判断してもらえない限り、審査が通らないという問題です。この審査の厳格さには、もちろん不正受給防止に対する国民の要求が大きく影響しています。


また仮に申請が通っても、実際に給付が開始されるのに1ヶ月ほどのタイムラグが発生するそうです(お役所の手続きではよくあることだけど…)。貧困状態が明確に証明されない限り給付の許可はおりない。でも本当に死にかけた状態まで待っていたら、給付がおりる前に死んでしまう。そんなジレンマがあるわけですね。


そのほか、Twitter上ではこんなケースも話題になっていました。



おそらく多くの人にとって、この相談者の女性=「本当に必要な人」と見なすのではないか。にも関わらず、制度の制約上、助けられない事態が現に発生してしまっています。現場の担当者に「紋切り型な対応はけしからん!」とクレームを入れて済む問題ではなく、制度に厳格に対応すると望まない事態になってしまう、という制度自体の問題なのです。そしてその制度は世論の「かくあるべし」という声を相応に反映したものになっている。そう考えるべきでしょう。


どんな制度でも、その穴を突いて不正を働く人間は(悲しいけれど)一定数存在します。そのこと自体はたしかに許しがたい。でもそういう「本当に必要でない人」の不正を多少見逃してでも、「本当に必要な人」を救うことをまず優先してほしい。そう強く願います。念のために繰り返しますが、これは優先順位の話です。


最後に。生活保護をめぐる不満・対立について、根本的な示唆を与える以下の記事をご紹介。


『生保』について 岩永理恵:SYNODOS JOURNAL

今の社会は、働いて稼いで食っていくことを当たり前とします。ところが、生活保護では働けそうなのに働かない人、不要なはずの保護費を受けている人がいる、としたらどうでしょう。この場合、本当に働けるのに働かないか、本当に不要な保護を受けているか、は問題でありません。働けそうにみえるのに働かない人、少しでも楽をして、得をしようとしているように見える人への反感が読み取れます。その背後には、働いている人たちの、おそらく生活保護を受けていない、生活保護は無関係と考える人の労働、生活の苦しさがあるのではないでしょうか。


必死で働く人びとは、生活保護は働かなくてもよい怠惰な人をつくるから不要と批判し、生活保護を受ける人たちを自分たちとは異なる存在として突き放すのだと思われます。この感覚は、給付を受けている人が「善人」であることへの希望、生活に困っているのに生活保護を申請しない人への称賛などと表裏一体です。


だとしたら、根本的に見直すべきは、必死で働かなければ生きていけない、生活保護を受けていない人たちの生活ではないでしょうか。


「働かざる者食うべからず」という常識は、本気で考え直すべき時期だと思う。(参考:労働から仕事へ