近代哲学の人間像('12) 第12回 マルクス主義(講義メモ)

マルクスの哲学

近現代世界に多くの影響を与えてきたマルクス主義であるが、それを哲学という角度から見直してみる。まずヘーゲルの影響の色濃い疎外という概念の検討を行い、次に唯物弁証法の立場に立つ歴史観について検討を加える。


【キーワード】疎外された労働、搾取、共産主義唯物史観

マルクス主義の成立

18世紀後半〜産業革命(イギリス)。資本主義的経済体制を伴った社会構造の変化。労働者階級(プロレタリアート)の貧困化による、階級対立の深刻化。また周期的な経済恐慌の発生による社会不安で、資本主義に対する不信感が高まる。

共産主義運動
労働者の権利を擁護。革命による資本主義打倒を目指す。私有財産制度の撤廃や国家の否定にまで思想的に到達。K.マルクスは、資本主義は構造的欠陥によって崩壊を避けられず、必然的に共産主義体制へ至ると主張した。


ロシア革命の指導者 レーニンは、マルクス主義の源流として以下の三点を挙げる。

  • フランス社会主義
  • ドイツ哲学
  • イギリス経済学
フランス社会主義

18世紀末に始まったフランス革命ののち、ナポレオンの帝政、王政復古の道を辿ったフランスにおいて、社会的不公平を撤廃しようと展開された運動。サン=シモン、フーリエ、オウエンら(のちにエンゲルスは彼らを「空想的社会主義」と評した)が主張。

ドイツ哲学

科学的社会主義」を自称したマルクスエンゲルスの理論の根幹を支えた。特にヘーゲル哲学の影響が大きい。

ヘーゲルの観念論
イデー(理念、観念)=真理とされる。人間は労働を通じて主観‐客観の同一という哲学的真理を確証するとし、自分自身の自覚に達する(『精神現象学』)。といった思想は、初期マルクスの思想とも似通っている。
マルクス唯物論
「意識が存在を規定するのではなく、存在が意識を決定する」(『経済学批判』)。ただし、機械論的唯物論ホッブズなどが典型的)には実践の契機が欠けているとして反対の立場。真理の認識は、理論と実践の相互媒介的関係を通じてはじめて得られる。ヘーゲルの実践概念は観念の中での運動にすぎず、他方マルクス自身の実践概念は現実の人間の実践についてのものであると主張した(しかし実際には、前述のとおり、マルクスが中核に据える労働についてヘーゲルも同様の考え方をしていたことが知られている)。


なお、マルクスは資本主義における四つの「疎外」を指摘している。

疎外
ヘーゲルが提唱した概念。意識は絶えず自分の可能性を外の世界に表現し、それを通じて客観的自然を自らのものとする、と捉えた上で、その可能性を一旦自分自身から外化し、疎遠なものとすること。神の認識もこの概念によって説明される。マルクスにおいては、「奪い取られる」という側面が強調される。自分で作り出したものが、物体化して自分自身を支配するようになる(物象化)、と捉えて資本主義批判の思想として用いた。
  • 労働生産物からの疎外
    • 生産物は資本の支配下に置かれ、労働者(生産者自身)からは疎遠なもの、対立するものとなる。階級闘争に直結する要因とされた。(『経済学・哲学草稿』)
  • 労働からの疎外
    • 労働を通じて自分の力を確証するという労働本来のあり方でなく、生存の必要性のために肉体と精神をすり減らすだけの苦痛なものになってしまっている。
  • 類的本質からの疎外
    • 類的はヘーゲルでいう普遍的の意。人間の労働は、本能や環境に限定されるものではなく、自由意志に基づき普遍的観点に立って行われるものであるが、それを奪われている。
  • 人間からの疎外
    • 以上の疎外の総括として導かれる。
イギリス経済学

アダム・スミスをはじめとした国民経済学に依拠する。スミス自身は、資本主義を肯定。『国富論』において、資本の規模が拡大しつつある地域においては、資本と労働の対立が調整される需給法則(「見えざる手」)が働くと主張。対してマルクスは、資本規模が拡大しようとも、労働においては需給法則が働かないと考えた。「富んだ国においてこそ貧困が増大する」。

マルクス唯物史観

ヘーゲル歴史観

「自由の実現(近代国家)」をゴールとして、紆余曲折の末にそこへ到達する道を辿るものとして歴史を捉えた。歴史の背後には「世界精神」が控えており、自らの目的を実現する。個々の文明や人生は、そうした「理性の狡知」(=世界精神の知恵)によって動かされているに過ぎない。歴史は以下の四つの段階を経るものとされる。(『歴史哲学講義』)

  • 「東洋」(自由は国王ただひとり)
  • ギリシア」(少数者による人間の覚醒と奴隷の世界)
  • 「ローマ」(キリスト教の誕生。神の前で個人の内面の自由が自覚される)
  • 「ゲルマン」(内面の自由を現実の社会体制として実現を目指す)
マルクス歴史観

歴史は物質的条件の上に据えられ、最終的に共産主義を実現するとみなす。経済の下部構造(土台)に「生産力」、上部構造=法律・政治・思想・道徳・文化一般が属するものと考え、上部構造が同時代の下部構造と合わないものとなったとき、歴史の大きな転換が生じる(逆にいえば、生産力が成熟を迎えるまでは、その社会構成体は没落しえない)と主張した。生産力の発展に対応する「生産関係」(経済体制)があるとし、次のような分類を行った。

  • 「アジア的」
  • 「古代的」
  • 「封建的」
  • ブルジョワ的」

そして次の段階、すなわちプロレタリアートの革命によってブルジョワ社会が打ち倒されたとき(共産主義社会の実現)、人類社会の全史が終わるとした。

歴史が個人の意図を超えた力(生産力)によって動かされると考える点はヘーゲル歴史観と共通であるが、法秩序・人権諸規定・議会民主主義を否定し、暴力革命を肯定する主張が含まれる点で大きく異なる。

社会主義運動とマルクス主義の衰退

19世紀後半には、マルクス主義社会主義運動の中心的地位を確立。やがてさまざまな派閥へと分裂が生じる。

社会民主主義運動
マルクス主義の中でもっとも右寄りの思想のひとつ。ベルンシュタインが提唱。暴力革命による社会主義実現の道を捨て、議会内の改良主義によって困窮する労働者の救済を目指す。
ボルシェヴィキ
レーニン率いるロシア社会民主労働党の左派。革命を通じて共産主義体制の実現を主張。ロシア革命を引き起こし、社会主義政権を打ち立てた。のちにマルクス・レーニン主義を形成することになる。


ロシアの影響を受けて、中国、北朝鮮キューバベトナムカンボジア、旧東ヨーロッパにおいて社会主義国家が建設されるに至る。だがこれらの国家の実情は、マルクスが理想として掲げた国家像とはほど遠いものであった。こうした経緯の中で、マルクス主義は急速に衰退していくこととなる。